50年以上も続く家庭教師の名門

家庭教師学生の頃、家庭教師を雇って必死に勉強をしていた時期がある。大学受験の頃だ。なんでも、家庭教師がまだ世の中に浸透していない時期からある伝統ある学院とのことで、僕の親もそこで勉強を学び大学受験に挑んだらしい、つまり我が家は代々その会社の家庭教師に勉強を教わっていたのだ。もちろん、伝統だけが全てではないし、新しい学習方法を提唱するスクールなどが増えてきているし、実際にそういった新しいスクールが多種多様にあると思うが、そこの家庭教師の学院は50年以上の伝統があるという。もし、そこでの学習方法に結果が伴わなければこのように長い間、支持されることはないだろう。もちろん、僕の父も僕も必死に勉強したおかげで大学受験に成功し、それなりの企業に就職することが出来た。この先、僕に子供を授かることができたら、もちろん同じようにあそこの学院にお願いをすることになるだろう。まぁ、まだまだ先の長い話にはなるけど。大学受験は僕にとって大切な経験となりました。

家庭教師は「人」対「人」

僕は中学受験で家庭教師を雇ったことがある。中学受験の時は友人達と同じところにお願いをしたのだが、全く勉強にならず(もちろん、僕にも罪はある)すぐに解約をしてしまった。先生はすごく責任を感じていたし、僕の両親も決して良い顔はしていなかった。先生に申し訳ない気持ちではあったが、その頃の僕は受験勉強なんかよりも友人とのバンド活動に夢中だった。勉強を教えてもらっている時もずっと頭の中ではギターのコードが浮かんでいた。なんとか志望の高校に入学(定員割れ。。)することが出来たのだが、学校の勉強には全く付いて行けなかった。授業中も放課後もずっとバンド活動に明け暮れていた。もちろん成績は最悪。見かねた両親が再度、家庭教師を雇いなんとか僕に勉強をさせた。しかし、次の家庭教師の先生は大学でバンド活動をしている傍らでバイトで家庭教師をしていたので話が凄く合ったし、憧れの存在だった。毎週、金曜日の授業が楽しみだったし、勉強の後の雑談も最高だった。もちろん、勉強にも身が入り成績も向上。晴れて先生と同じ大学に入学することになった。やはり、人対人。ただ勉強を教えるだけの関係じゃないんだな。